柔道整復師のための解剖学シリーズ

肩関節(その1)

雑誌「からだサイエンス」より承諾を得て転載。

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【著者】

名古屋大学大学院医学系研究科 機能構築医学専攻機能形態学講座 機能組織学分野 客員研究員
小倉学園 新宿鍼灸柔整専門学校 研究部
日本工学院八王子専門学校医療専門課程柔道整復科 解剖学非常勤講師
医学博士 白石洋介


【肩関節(その1)】

 今回は、「柔整師のための解剖学 肩関節その1」として肩関節前方脱臼時の関節頭(上腕骨)と関節窩(肩甲骨)の位置関係について述べてみたいと思います。

 肩関節の関節窩と関節頭の面積比は1:3程度の違いがあり、解剖学的に不安定な関節といえます。靭帯性支持として肩甲上腕関節(上、中、下)がありますが、それらはとても薄い関節包靭帯であり、強靱な組織とは言えません。他に関節可動制限や疼痛に関与するとされるいくつかの靭帯があり、その内、烏口鎖骨靭帯は impingement 障害に、烏口上腕靭帯は50肩などに深く関与すると理解されています。また腱板と呼ばれる4つの筋からなる腱の存在があります。これらの靭帯や腱の臨床症状への関与については多くの報告があります。

 多い少ないは別として、柔整師として肩関節の前方脱臼を経験しない方はほとんどいないと思います。そして柔道整復師の方々のほとんどが巧みにその脱臼を整復されます。しかし、前方脱臼している時、上腕骨頭が、肩甲骨あるは肩甲骨関節窩に対してどのように位置しているのか、また周囲軟部組織はどのようになっているのかを明確に把握しているかというと、どうもそうではないようです。

 医学の歴史で、脱臼は整復されればそれで良いとされてきた時代がありました。その当時、一般の方々の理解も同様で、脱臼が整復され痛みがなくなればそれでよいと思われていました。このように考えられていたことが、肩関節脱臼の解剖学的組織学的解明を遅らせたとも言えます。近年、MRI や CT の発達で 3D 化して見ることができるようになりましたが、肩関節脱臼の経路や脱臼肢位の解明はいまだ十分ではありません。

 肩関節のゆるみが臨床において重要な意味を持つことがあります。肩関節に限らず、関節のどの方向にゆるみがあっても無症状性であれば病的と捉える必要はないのですが、肩関節の場合、前方への動揺性は再脱臼や症状発生につながることが少なくありません。肩関節の下方へのゆるみは、ある程度なら生理的であり必要なことでもあります。ここでいう関節がゆるいという表現は、肉眼解剖学的なゆるみも組織学的なゆるみも含んでいます。

 肩関節前方脱臼の整復はそんなに難しいことではありません。しかし、整復された後の機能回復については、残念ながら元通りの完全な治癒には至ることはありません。なぜなら線維軟骨でできている関節唇は、一度損傷を受けると元の通りには修復されないことが組織学的に解っているからです。骨、関節唇、骨膜の組織学的特性からくる治癒への影響についてはいずれ述べたいと思いますが、いずれにせよ肩関節脱臼は一度起こったら二度と元通りの関節にはならないのです。この事実は、保存的に治療を行う柔道整復師として十分に知っておかなければなりません。肩関節前方脱臼では、その脱臼によって少なくとも関節前方の構成体が組織学的に損傷されることになります。一旦連続性を失った線維軟骨と骨とは組織学的に結合しにくいのです。その為、一度肩関節前方脱臼をすると前方への動揺が残りやすいことになります。肩関節前方脱臼の整復においては、整復がうまくいっても前方動揺性を残すこと、そしてその後、様々な肩関節障害を生じやすいということを知っておかなければなりません。

 いずれにせよ肩関節前方脱臼を起こしている関節の関節頭と関節窩の位置関係の綿密な解剖学的分析が、正しい整復と治療に結びつくといえます。年齢にもよりますが、肩関節前方脱臼例では、ほとんどの例で関節唇が前方で損傷さていることを X-p, CT, MRI で見ることができます。しかし、X-p 画像と患者さんがとる疼痛回避姿勢とが、一見一致しないものがあります。前方脱臼の場合、X-p 上では上腕骨が外旋しています。しかし、患者さんの肢位は上腕内旋位にみえます。そこで、肩関節水平断の解剖図と MRI 水平断を用いて、関節包の組織学特性を加味した肩関節前方脱臼を再現してみました。(Fig. 1) (Fig. 2)

(Fig.1)

 

(Fig.2)

 関節包は主にコラーゲン線維と弾性線維からなる線維性滑膜性組織です。それゆえ無制限に伸張する組織ではありません。肩関節前方脱臼では、関節唇などを中心に関節構成体の前面の組織が損傷を受けますが、後方の組織損傷はほとんど観察されません。つまり前方脱臼する際に、骨頭が転位できる距離は少なくとも後方関節包のゆるみに依存するということです。


【参考文献】

Anne M.R. Agur and ming J. Lee: Grant's Atlas of Anatomy 10th ed., lippincott Williams & Wilkins, 1999


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